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魅惑の妖精とプルートの格下げ
梅雨明けと共に気温はうなぎ上り、日差しが地面を焼きつけるようです。さあ冷えたクリスピーを差し上げましょう。清涼感のある香りと味は体も気分も涼やかにしてくれます。とにかく暑い時期は水分補給が大事です。どんどん飲んで、どんどん出して、体内の水分代謝をよくしましょう。グラスに注いだらスペアミントの生葉を添えますね。手のひらに挟んでパン!さあ、香りが広がりました。お茶を飲みながらクリスピーの主役、ミントにまつわるお話でもいたしましょう。
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ミントはシソ科ミント属(Mentha ssp.)の多年草で、ユーラシア〜アフリカ大陸の温帯地域が原産です。紀元前20世紀頃に書かれたレシピに既に載っていることから、それ以前に発現していたことわかります。ミント属は周囲の植物の栄養まで吸い取って枯らしてしまうほどの生命力と繁殖力で雑交配を重ねる為、学名Menthaを冠した仲間は約600以上確認されています。数あるミントの中で、初代はスペアミント(ミドリハッカ、 オランダハッカ、チリメンハッカなどなど Mentha spicataまたはM. viridis)で、葉の縁にみられる鋭く尖った切れ込みから槍=スペア。さすが元祖だけあって他の種類のミントと混植栽培しても最後は全てスペアミントになってしまうほど最強なのです。続いて誕生したのがウォーターミント(ミズハッカMentha aquatica)で、沼地など水の近くを好むことからこの名がつきました。そして初代のスペアミントと後発ウォーターミントの雑交配でできたのがペパーミント(コショウハッカ、セイヨウハッカMentha piperita)で、ピリピリっとした刺激的な風味をペパーと表したようです。
この雑草の如く丈夫で魅力的な香りをもつミント属の学名はギリシャ神話の美少女妖精メンテMentheに由来します。どのバージョンにしても相変わらずコンプライアンス違反な神様の事件簿をご紹介します。
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その1、冥界の神ハーデスは地上から略奪してきたペルセポネという妻がいながら、地上で見つけた可憐な妖精メンテに心惹かれ、またもや拉致して来て愛人にします。美少女に嫉妬した妻は「お前なんぞ雑草になっておしまい💢」とメンテに呪いをかけ踏みつけにしました。それからずっとハーデスの宮殿の庭でメンテは存在感のある芳香を放ちつつ生きているのですと。
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その2、冥界の神ハーデスは長い関係を続けてきたメンテを裏切ってペルセポネと結婚してしまいます。嫉妬に怒り狂ったメンテは正妻に罵詈雑言を浴びせ激しい修羅場に!そこへ逆上したペルセポネの母デメテルが駆けつけ参戦、元カノのメンテを雑草に変えて一蹴してしまいましたとさ。罪の意識からか…最低男ハーデスは草になったメンテに芳香を与えたのだとか。
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その3、本妻ペルセポネは自分と同じようにハーデスに目をつけられ拉致されそうになったメンテを憐れみ、雑草の姿に変えて茂みに隠し、後に元の姿に戻せるようにと目印として芳香を与えました…という美談。元の姿には戻されていませんが?
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このような神話からミントには人を魅了する媚薬効果があると信じられており、古代ギリシャの男達はこぞってミントの葉を入浴剤にしたり、体に擦り込んだりして女性にアピールしました。一方、禁欲を強いられていた古代ローマの兵士達はミントの使用や摂取が禁じられていたそうな。ミント属も他の多くのハーブと同様ローマ帝国の拡大と共に広められ、9世紀以降はヨーロッパ中の修道院の庭で栽培されるようになり、やがて新大陸へと渡っていきました。今や地球上の温帯地域どこででも見つけることができます。
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ちなみにハーデスに拉致された妻の姿は、「プロセルピナ(またはペルセポネ)の略奪」(英語では ズバリ“The Rape of Proserpina” )だとか「ハーデス(またはプルート)とプロセルピナ」といったタイトルの絵画や彫刻に見ることができますが、美術の教科書に載せて大丈夫ですか?着衣がない!どころが拉致、強制わいせつ、強姦はそもそも重要犯罪ですし!
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余談です。ギリシャ神話では冥界の王の名はハーデスと呼ばれますが、後のローマ神話では「プルート」の名で語られます。そして1930年にアリゾナの天文台で発見された太陽系9番目の惑星の名前は、「太陽から最も遠い暗黒の領域にある星に冥界をイメージした」という英国の11歳の少女の発案で「プルート」と名付けられました。命名は一般公募だったのですがが、実はおじいちゃんが天文学者の友人に頼んで天文台に提案し見事採用されたようで…ってコネを使った出来レース?
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この惑星の発見にちなんで、同年1930年9月5日にスクリーンデビューしたミッキーマウスのペット犬(公式設定では『ミッキーの陽気な囚人(1930年)』に登場する警察犬)は『プルート』と名づけられました。
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ところが20世紀後半から冥王星サイズの天体が次々と発見された為に、2006年、冥王星は惑星から外されて準惑星(dwarf planet)に格下げされてしまいました。この年アメリカでは「plutoed=降格」という造語が流行語大賞を受賞し話題になりました。その一方で、ウォルトディズニーカンパニーは「プルートは七人の小人(dwarf)達と共にこれからも頑張りますっ!」という粋なメッセージを発信しプルートファンは大喝采!さすがファンタジーの王国。
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植物としての歴史が最も長い3種のミント、それぞれの使われ方を見てみましょう。
ミントの初代、スペアミントは主に古代よりクッキングハーブとして使われて来ました。イギリスでは9世紀にローマ帝国が持ち込んだ以来、別名“ラムミント”とも呼ばれるように伝統のラム料理に欠かせないソースが作られたり、茹で野菜やフルールサラダ、夏の飲み物には欠かせないハーブになりました。17世紀、清教徒と共にアメリカ大陸に渡ると南西部で商業栽培が盛んになりケンタッキー州は一大産地となりました。
スペアミントとバーボンウイスキーとガムシロップで作る定番のカクテル「ミントジュレップ」は18世紀後半の南北戦争時から飲まれていた記録があります。現在でも毎年5月の第一土曜に開催されるアメリカンクラシックの1つ「ケンタッキーダービー」観戦の伝統として、出走馬入場の際には「ミントジュレップ」で乾杯し、「ケンタッキーの我が家」(KFCのcmでお馴染みの曲)を合唱するのがお決まり。そして優勝馬にはバラの首飾りがかけられるのでこのレースはRun for the rosesと呼ぶそう。なんだかミントの香りと共に華やかな初夏の祭典が目に浮かびますね。ちなみにスペアミントとラムで作るキューバのカクテルはモヒートです。
薬としても古代ローマの博物学者大プリニウス(A.D.23-79)が『スペアミントは香りを嗅ぐだけで元気が出る』と記した通り、イライラを鎮め、疲労感や鬱気分の解消、脳の活性や気付け薬に使われてきました。また穏やかな風味と作用でお子様用ハーブの代表格。疳の虫、お腹や風邪の薬、しゃっくり止めのお茶として重宝されて来た長い歴史をもっています。近年の研究で刺激の強いメントールは0に近く、乳幼児に禁忌な成分も含まないので安全であること、主成分のカルボンの健胃効果、リモネンのリラックス作用、ロスマリン酸の高い抗酸化作用には脳細胞の修復や活性し認知機能の改善し記憶・注意・集中力を高める効果があることが証明されています。またミネラルやビタミンA, Cを多く含みます。
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次に現れたミントは香りが強いウオーターミントです。中世ヨーロッパでは「ストローイング」といって、ハーブを消臭や芳香、害虫やネズミ避けの目的で床に撒いたりカーペットの下に敷く、といった使い方が流行しました。ウォーターミントはダイニングルームには食欲増進、ベッドルームには安眠目的、とストローイングに最適なハーブとして人気でした。
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三番目は、初代と後続の自然交配で生まれたペパーミントの主成分は刺激的な清涼感のあるメントールで、こちらは飲食物より民間療法で多く利用されてきました。生葉は頭痛の時に直接こめかみに擦り込まれたり、食後にガムのように噛んだり、風邪や頭痛、生理痛、消化不良の症状緩和や吐き気止めのお茶として飲まれてきました。(⚠️比較的安全なハーブですが妊娠中は1日3杯を目安に飲みすぎには注意です)。ただ、日本人は他の国よりもメントールの刺激的な風味を好む傾向があり、料理や飲み物にもスペアミントの代わりにペパーミントを使うことが多いようです。
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近年の研究ではペパーミントオイルの有効性も次々と解明され、古来の使用法が証明されています。揮発性の精油成分メントールには殺菌、抗菌、抗ウイルス、発汗、鎮痛、解熱・鎮痒・神経の鎮静・冷却・防腐作用が確認されています。特に胃腸の蠕動運動を抑える効果から粘膜に直接散布できるメントール液製品が開発されており、内視鏡検査の際に副作用が出やすい抗コリン薬の代わりに採用している病院が増えています。またd-メントンの胆汁分泌促進作用が、シネオールの粘液排出促進や免疫アップ作用、アズレンの消化器官消炎作用が確認され、胃薬として有効であることは証明されています。さらにミントポリフェノールには抗アレルギー作用と粘膜保護の働きがあるため、花粉症対策の有効成分として注目されています。
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ペパーミントオイル配合の製品は数多くあり、胃薬や風邪薬、外用薬として頭痛、筋肉痛、関節痛・肩こりの塗り薬や湿布、虫忌避剤や痒み止めの軟膏や、鼻詰まりや咳止めの塗剤や舐剤のほか、心地よい清涼感と冷感を与える成分としてマウスウォッシュ、歯磨き粉やシャンプー、化粧品、芳香剤など様々な生活用品にも配合されています。
ただし、毒性は低いですが刺激の強い⚠️メントンとプレゴンの含有量が低い製品を選ぶのがコツです。また⚠️乳幼児の顔(特に鼻)に直接塗るのは絶対に避けてください。またアロマセラピーでも精油を使う場合も同様に注意が必要で、⚠️直接肌につける場合はキャリアオイルで正しく希釈されている精油を選んでください。巷にはメンソール(メントール)煙草のED説が都市伝説のように流れ続けていますが、この説に関しては今後も科学的検証を追跡しておきます(2021年夏)。
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ミントといえば板ガムよりタブレットが主流の昨今、『ファーストキスは刺激的なペパーミント味?それとも甘いスペアミント味?』 『水金地火木土天冥海?海冥?どっちで覚えた?』と昭和な会話を交わす大人の皆様、暑い休日は冷えたお部屋でプルートの短編アニメシリーズでも鑑賞してみませんか?ディズニーファミリーで言葉を発さない唯一の動物設定のキャラクターですが、実は子持ちで恋多きオジサン犬は人間臭さを感じさせます。降格された冥王星プルートにも想いを馳せつつ、9月5日はプルートの誕生日のお祝いにディズニーランドへ行ってみましょうか。