さてさて街は早くも桜色から緑色に衣替え、日中は汗ばむような季節になってきました。今日はその陽気を利用して春のデトックスを一気に加速させるピュリファイを差し上げましょう。気持ちの良い汗で心と身体のスッキリをサポートするこのピュリファイにもバードックが入っています。お茶を待つ間、前回のバードックの続きでもお話いたしましょう。
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ユーラシア大陸の西域から逞しい雑草バードックは元気に東へ進み、南はインドから、北はシベリア方面から東アジア全体へと広まり、いよいよ中国で漢語の『牛蒡』という名を賜り、そうです!バードックとは我らが馴染みの牛蒡(牛蒡)のことでした。今日は「牛蒡」の名でお話を進めましょう。
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牛蒡の語源は諸説あります。一説には「牛」が旁(そば)を通ると足や尾にくっついてくる植物なので旁に草冠をつけて「蒡」となり牛蒡となった説。別の説では「蒡」という既存の植物に似ているけど「蒡」よりサイズが大きい、ということで大きい物を意味する「牛」を頭につけ『わっ!この蒡、マジ牛デッカイ!!』的な説。中国の故事「鶏口牛後」の「牛」と同じ意味なのですが、画的にはイソップ物語「牛とカエル」で大きい牛に対抗して膨らみ過ぎて吹っ飛んだ母カエルの姿が浮かびました。因みに日本の動植物名で「大きい」を表す時は「熊」、「小さい」を表す時は「姫」という接頭語がよく使われています。
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中国にも薬としての評判と一緒に伝わったようで、早速漢方でも種子を牛蒡子(牛蒡シ)、別名は悪実(アクジツ)と呼び、排膿、咳止め、解毒、解熱、消炎、利尿剤として処方されてきました。
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そして遂にお話の舞台は日本に移ってまいりました。考古学資料によると、縄文前期の遺跡、福井県若狭周辺の鳥浜貝塚から牛蒡が栽培されていた跡が確認されています。記述はというと8世紀末の漢和辞典、新撰字鏡(898~901)で木の項目に『悪実』アクジツ別名「支太支須乃彌」とあるのが最古です。この6文字の名前、調べてみましたが読み方も意味も不明です。上代日本語というのは現代の日本語とは全く別物、どなたかお分かりになる方がいらしたらご一報ください。
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次に登場するのは平安初期に編まれた日本最古の薬物書『本草和名』(918年)で薬草「悪実一名を牛蒡牛蒡、一名、鼠粘草ソネンソウ(実が鼠にくっつくから)、一名、岐多伊須キタイス、(他説、岐多岐須キタキスの表記もあります)、一名、宇末布々岐ウマフブキ(馬が好んで食べる蕗、または旨い蕗)と称し、根に発汗、利尿作用があり、種子は咽痛緩和や解毒作用があると書いてあります。「牛蒡」という音は中国の呉音から来ているのだそうで、「キタイス」は上代日本語でキタ(固く)+アキツ(細く尖った物)が連音したものだそうですが…古代の日本人が使用していた言語は完全に外国語です。いずれにせよ日本でも別名がいっぱいある、ということは、来日以来あっという間に全国に広がったのだと想像されます。
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平安中期になると、辞書『和名類聚抄(わみょうるいじょうしょう)』(923-931年)に、はじめて野菜として「薬草でいうところの悪実は牛蒡の事。一名を牛房」と載ります。この牛房の語源は、牛蒡の根が牛の尾に似ているからなのだとか。
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食材としては平安後期、朝廷の儀式や行事を詳しく記録した『類聚雑要抄』(るいじょうぞうようしょう1146年)の中で、元永元年(1118年)平等院に行幸した鳥羽天皇ご一行様をもてなす礼式用の料理に登場します。御膳には五種の干物(青・黄・赤・白・黒の5色の食材を削って器に盛ったもの)の一つとして供されています。青は海松(ミル、海草)黒は青苔(ノリ)、赤が牛房(牛蒡)、黄を川骨(コウホネ、スイレンの一種)白を蓮根(レンコン)と地味な食材ですが五色揃っています。牛蒡の別名がウマフブキとあるので、その頃は蕗のように根ではなく葉や茎が調理されていたのかも知れません。和食は五行思想由来の五色五味五法が基本ですが、天皇ご一行をもてなした味つけと調理法は見つけられせんでした。ご存知の方がいらっしゃいましたら、こちらも是非ご一報ください。
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次いで14世紀になると『庭訓往来ていきんおうらい』(12か月に分けた手紙文の形式で当時の日常生活に必要な用語を解説した書物で庶民用の初等教科書として長く使われた)に「牛房の煮しめ」が出てきます。また15~17世紀頃の 北野天満宮の年中行事を記録した『北野社家日記』には「たたき牛蒡(茹でた牛蒡を叩いてゴマ酢やゴマじょうゆで和える)」が出てきます。
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牛蒡は地中深くまっすぐ根を伸ばすので、家の安泰という縁起の良い食材とされ、現代に至るまで全国的に祝の膳やお正月、冠婚葬祭や厄除け、五穀豊穣と子孫繁栄を祈る神事などの料理に欠かせない存在となりました。
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そんなお祭りといえば 有名なのが三重県津市の美杉町に室町時代から続く由緒ある「ごんぼ(牛蒡)祭り(毎年2月11日開催)があります。五穀豊穣・子孫繁栄を願う祭りで、まずは厄を祓う「弓神事」、恭しく鰡(ボラ)と牛蒡を供える「マナイタ行事」が古式ゆかしく行われた後、立派な木彫の男性のシンボルと、藁で編んだ女性のシンボルを模したお神輿が賑々しく境内を練歩き、クライマックスは合体❣ワォ💕と…何ともストレートな奇祭があります。担ぎ手の技量によって合体の上手下手があるのだとか… 無事に合体を終えるとお祭りの参加者全員に「牛蒡の味噌和え」が盛大に振舞われるそうです。生命を繋ぐことの大切さを滑稽なまでに真剣な姿で祈るお祭り、その迫力と日本人の大らかさを実際に現地で感じてみませんか。特に18歳以下は参加禁止というお祭りではありません。余談ですが日本には日本人でもあまり知らない奇祭が各地に多々あり、最近では動画サイトでこれらのお祭りを知って来日する外国人の姿もたくさん見られるそうです。
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ちなみに青春小説『神去なあなあ日常』(三浦しおん2009 徳間書店)はこのお祭りから着想を得た作品だそうで、映画化された『WOOD JOB!~神去なあなあ日常~』(2014日本)のお祭りのシーンは『ごんぼ祭り』をデフォルメし、実際にこの美杉町で撮影されています。
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さて、お茶が入ってしまいましたので今日のお話はここまでにいたします。江戸時代以降の牛蒡のお話はまた次回にいたしましょう。
今夜は牛蒡でおかずを一品足しましょうか。家庭料理の定番、金平牛蒡には各家庭でそれぞれのアレンジがあると思いますが、我が家では人参と牛蒡にセロリまたはフェネルの茎を加えた金平が人気です。ちなみに牛蒡は水や酢水にさらしてあく抜きをしてしまうと、風味とともに水溶性食物繊維を失ってしまいます。泥はよく落とし、刻んだら2~3度ざるの中で洗う程度で充分です。仕上がりの色が多少黒っぽくなるだけですので、牛蒡のありがたい栄養素は損なわずに体に頂戴いたしましょう。
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