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バードックとイッパイアッテナ

三寒四温という穏やかさが似合わない季節の歩みに驚かされている間に、例年より早く桜が咲きました。さあ、春は体の大掃除にぴったりの季節です。生物の体は寒さから身を護る為に自然と代謝が低下してあらゆるものを溜め込んでおくようにできています。冬の間に溜め込んでしまった老廃物や毒素をすっきり出して身も心も軽くなるように今日はレギュラーを淹れます。お茶を待つ間にレギュラーの中で特に解毒、排出作用を発揮するバードック(牛蒡)のお話でも致しましょう。

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バードックはユーラシア大陸の西端、アンダルシア地方のセビリアあたりが原産といわれているキク科の二年草です。英語名は蕾や実がイガイガの棘で覆われていることからバー(bur=イガ)、ドック(dock=茂み)でバードック。西は北米大陸へ、東はシベリアからトルコを経てアジア一帯へ、南はアフリカ大陸へと丈夫さと繁殖力の強さで一気に世界進出を果たした雑草です。あちこちで名前がついたので英語名だけでもベガーズボタン(乞食のボタン)、 ハッピーメジャー、クロットバー…などなどとにかく野良猫のように多くの名前を持っています。今日はバードックの名前で繁殖の旅を辿ってみましょう。

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学名Arctium lappa属名は長い剛毛に覆われている実の様子からギリシャ語の熊「アルクトス」、種小名は通りすがりの動物や人の衣類にくっついて運ばれる実の生態からケルト語の「掴む」が由来といわれています。この実はヨーロッパの子供達にとっては投げ合ってはセーターや髪にくっつける恰好の遊び道具です。それが1948年スイスのジョルジュ・デ・メストラルさんによってある発明品となりました。山から狩猟をして帰宅すると犬の体にバードックの実がたくさん付いてきました。これを観察していて閃いたのがベルクロ(日本ではマジックテープの商品名で有名)、乞食のボタンは便利なバリバリテープになりました。ヨーロッパの子供と同様に昭和の子供なら誰もが遊んだことのある「ひっつき虫」はバードックの実にそっくりなオナモミという雑草の実でした。現在そのオナモミは毛の少ない外来種オオオナモミの繁殖により絶滅危惧種に指定されているそうです。

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ヨーロッパではギリシャ、ローマの時代から雑草として道端に生えていたので若葉を摘んではそのまま生で食されていたようですが、野菜として栽培された記録はありません。当時から魔除けのおまじないとしてその実を家の周りに撒きました。薬としてはデトックス効果の高さから「薬草界一のパワーショベル」とも呼ばれ根、実、種子の浄血、解毒、排出作用から便秘や風邪、梅毒、関節痛、浮腫、痛風から胆石、肝障害などに、また子宮収斂作用から出産促進剤に、また皮膚疾患には軟膏や湿布に、と幅広く使われてきました。またダンデライオンの根やアーティチョークの根などと共に自家製薬用ワインの定番の材料でした。現在もイギリスにはBen Shawsというブランドから「ダンデライオン&バードック」という炭酸飲料が売られています。これは日本人の口にも合う美味しさ!紫色の缶です。どこかで見つけたら是非お試しあれ。

 

 

北米インディアンも各部族がそれぞれの方法で薬用として使ってきました。呼吸器の疾患や下痢や便秘薬につかったり、根のキャンディー(砂糖漬け)は冬の間も保存できる栄養食品にされてきました。カナダのオンタリオ州の先住民、オジブワ族が伝承してきたバードック配合の薬草茶レシピが1924年、同地の看護師Rene M. Caissieによって再現され、彼女の名前を逆読みしたエシアックティー(Eissiac Tea)という健康飲料があります。

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 バードックは薬草としての評判も高い割りには、いつも畑に蔓延る厄介な雑草という扱われよう。花もアザミに似て可愛らしいのですが、棘のある姿から花言葉は「さわらないで」「警戒」「頑固」「しつこい」「不作法」などなど…ストーカーにぴったりな言葉ばかりがたくさん並び気の毒になります。

もっともバードックを野菜として栽培している日本では、春に種を撒き秋に根を収穫する為に花は咲きません。種子を採取する畑だけで株は冬を越し、翌年の6月中旬以降に花を咲かせるので、滅多に見られない珍しい花なのですので見つけた方はラッキーです。

例によってハーブ大好きなシェイクスピアの作品にも登場しますが、こちらも負のイメージばかりです。『真夏の夜の夢』(A midsummer night’s dream 1600)では邪魔になった駆け落ち相手を、『尺には尺を』(Measure for Measure 1603)では遊び人の変人ルシオが自身をこの実に例えています。また『リア王』(King Lear 1608)では、気の触れたリア王が頭を飾りたてた「役にも立たない雑草」の1つとしてバードックの名が挙げられています。

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 所変わってトルコ。キリム(伝統的絨毯)には織り込まれている模様には一つ一つ意味があります。バードックの実の模様もその1つで、邪視(evil eye=悪意を持って相手を睨みつけて呪いを掛ける魔力)から家族や家庭を守る魔除けとされているのです。しつこい相手に付きまとわれている方は、バードックの実をお守りにするとよいかもしれませんね。この中東より西に広まる邪視信仰についてはいつかまた機会があればお話いたしましょう。邪視といえば、トルコ土産で有名な藍い目玉を模したガラス玉(ナザールボンジュウ)も邪視除けのお守りなのだそうです。余談ですがこの「邪視」という言葉は明治の博物学者、南方熊楠による訳語だそうです。さすが歩く百科事典といわれる彼のの知識量には目を見張ります。

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 そしてインドにもばっちりその根を下ろしていたバードック。古代療法アーユルベーダでも種子は血液とリンパの浄化、利尿、咳止め、関節炎に、根は栄養価の高い強壮剤とされてきあした。ここで特筆すべきは、怒りや攻撃性、激しい欲望といった感情を取り除く心の掃除にも効果がある薬草として使われてきた事です。体に効くものは心にも効くという訳ですね。

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 ということで、このあとバードックはあっという間にアジアを制覇し中国から日本へ辿りつき、家庭惣菜に欠かせない野菜として君臨することになります。この続きは次のお茶を入れる時にでも致しましょう。