月別アーカイブ: 2016年3月

懐かしい黄色

たんぽぽ

いよいよ春が近づきました。春は大掃除の季節、体の中も大掃除をしたい季節です。今日はRegularを淹れましょう。これから数週間かけていくつかのデトックス系のお茶を続けてみませんか。今日はレギュラーにもはいっている西洋タンポポ、ダンデライオンにまつわるお話です。

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キク科タンポポ属 はユーラシア大陸全体が原産で様々な種類があります。属名の総称Taraxacum の語源は、ギリシャ語の taraxos(病気)と akos(治療)を組み合わせとも、アラビア語のハーブの一種を意味する「tarah sagun」とか、ペルシャ語の「苦い草」(tharakchakon)に由来、とも言われており、食用、薬用の植物として長い歴史があります。

薬としては11世紀前半からアラビア医療において浮腫みの解消や肝臓の保護、血液浄化といった薬効を認められていました。また茎や葉や根を傷付けると白い汁がでることから母乳の出を良くするといわれてきました。16世紀にはヨーロッパ各地で 肝臓と消化器官の薬として公式に薬として処方されるようになりました。またドイツで血液浄化剤とうっ血肝の薬に使われていた記録が残っています。一方、利尿効果の高さも有名で、フランスでは今でも「pissenlitピッセリン(おねしょ草)」という異名で呼ばれることもあります。カリウムが豊富なので他の利尿剤のようにカリウム不足の心配がない点で優れています。今や各国で葉は消化不良、胆嚢炎や胆汁不足、便秘、浮腫、リウマチ、乏尿に、さらに根はこれらに加えて肝胆道疾患や黄疸も挙げられています。

食用としては若葉と甘い花弁は生でサラダに、大きな葉はホウレンソウのようにしょくされてきた代表的な春の苦味野菜です。実際に鉄分やカルシウム、カリウムといったミネラル類、ビタミン類ほか苦味質(タラキサシン)、ルテイン、多種多様な多糖体、レシチン(コリンの供給源)などを豊富に含む野菜です。花弁は強壮作用があるといわれるタンポポワインが各家庭で作られていたり、黄色い染料に使われたりしてきました。焙煎した根は肝臓を元気にして消化・浄化に働くカフェインレスのコーヒーとされていますが、これはなかなか侮れない働きをする優れた飲み物です。

日本原産の蒲公英(タンポポ)や漢方で使われている蒲公英(ぼこうえい)も薬として似たような使われ方をしてきました。こちらにまつわるお話はまたいつかいたしましょう。

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タンポポの英語名ダンデライオンは、葉がギザギザしている様子をフランス語の歯(dents)..の(de)ライオン(lion)に由来。ちなみにラテン語のdentはイタリア語のスパゲッティの湯で具合アルデンテ(al dente歯応え) や英語の歯科医デンティスト(dent=歯)と同じ語源です。

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北米には15世紀のコロンブスの大陸発見以降、ヨーロッパ各地からくる移民と共に上陸しました。持ち前の繁殖力であっという間に広まり、原住民チポワ族にこんな民話を生みました。

南風のシュワンダシーは他の兄弟、北風、東風、西風より引っ込み思案で自然を愛する優しい少年でした。ある春の日、彼は緑のドレスに身を包み、太陽のように輝く髪の美しい少女を見つけて恋をしてしまいます。しかしはずかしがり屋な彼は声をかけられず、明日こそは、明日こそは、と幾夜も彼女を想い溜息をつくのでした。そして遂に今日こそ結婚を申し込もうと草原に行ってみると、なんとそこには老婆のように白髪に変わってしまった彼女の姿が…嘆き悲しむシュワンダシーの前を冷たい風がスーッと吹き抜けると綿帽子のような彼女の姿は消えてしまい、それから二度と会うことはありませんでした。季節が変わり、あの同じ草原に来てみたシュワンダシー、なんと金色に輝く髪の少女がたくさんいるではありませんか!その中に懐かしい彼女はいません。ただ彼女を思い出しては溜息をつくのでした。

 

 

これは原住民の少年が白人の少女に恋をしますが打ち明けることもできず、結婚する事も叶わず…しかし彼女はその地にたくさんの子孫を残していました、ということなのですが、これは白人による侵略に苦しめられた原住民の嘆きを民話として残したのではないでしょうか。このタンポポの繁殖力にはある秘密があります。これもまたいつかお話しましょう。

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タンポポにはいくつかの花言葉かあります。一枚一枚ドキドキしながら花びらをちぎる恋占い、綿毛を一息で全部飛ばせたら想が届き恋が成就するという占いなどから「愛の神託」。種は愛の象徴であり、たどり着いたところでその愛を根付かせますが、そのまま遠くへ飛んでいってしまうことから「別離」という花言葉もあります。

タンポポを扱った小説を2つご紹介しましょう。1つ目は1957年に発表されたレイ・ブラッドペリの「たんぽぽのお酒(原題:Dandelion Wine)」は、ある年代以上の方々にはとてつもなく懐かしい一冊だと思います。1928年のアメリカを舞台に、12歳の少年ダグラスがひと夏に体験した出来事を描いたファンタジーです。おじいさんが夏のはじめに仕込んだタンポポのお酒一壜一壜にはその年の夏の香りが思い出と共に永遠に閉じ込められ…思春期に向き合う、生きることと、死ぬこと、かつてダグラスの目線で読んだこの本も、人生の峠を超えた今読むならおじいさんや台所の魔女に感情移入できる気がします。2011年、ブラッドペリ91歳のブラッドペリ本人のプロデュースで映画化が発表されたのですが、残念ながら10か月後の彼の死と共にこの話も立ち消えになってしまったようです。しかし、この本を読んだ誰もが実写以上の映像を心に描ける、それくらい美しい抒情的な一冊だと思います。

ちなみにタンポポのお酒は初夏の早朝、朝露のついた花から花(弁)だけを摘み、砂糖、水、オレンジ、レモン、スパイスやレーズンを加えて発酵させます。イーストを加える方法もありますが植物についた天然の酵母だけでも発酵するようです。発酵が止まったら瓶に詰め、熟成期間の秋を過ぎれば冬には味わえるようになります。

もう一冊はメルヴィン・バージェスの小説「JUNK」(1996年イギリス)。家出をした14歳の少年と少女が都会で生活していくうちにドラッグへと溺れて荒んだ生活へと落ちていくという、暗い気持ちになる現実的な小説です。主人公がかつて描いていた鮮やかな黄色いタンポポの絵に、失った純粋さや明るさが象徴されているようで切なくなります。邦題を「ダンデライオン」としたのは絶妙です。こちらは映画化されていますが、救いのない現代の少年問題を扱ったドキュメンタリーのようで見た後の感想は苦いものでした。

この時代も場所も状況も異なる小説の中で、タンポポは一番純粋だった子供時代に結びつく花として描かれます。もう一つの花言葉「飾らない心」とは、きっと穢れを知らない純粋な心を意味しているのでしょう。

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タンポポは夜明けと共に花開き、日没と共に閉じるので「羊飼いの時計」とも呼ばれますが、むかし散歩の帰りに摘んで帰ったタンポポが黄昏時に花を閉じてしまったのを見て息子が泣いたのを思い出しました。翌朝ちゃんとまた花が開いていて夕刻には閉じ、朝また開き…そうして約1週間、家の中でも規則正しく開閉する姿に親子して驚いたものでした。

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今やタンポポの綿毛をふぅ~っと飛ばすなんてとんでもない!黄色い花を見つける度に「芝の大敵!」と始末してしまう今日この頃。心の中で何かを失ってしまった気がしてきました。これからはまた昔のように小瓶に挿し「羊飼いの時計」を楽しんでみようと思います。道端のアスファルトの割れ目、線路沿いの草むら…ゴルフ場のラフの中、あまりにどこででも花を咲かせるタンポポですが、目を留めてみてください。何か懐かしい思い出が蘇るかもしれません。

 

苦い汁とシェイクスピア


ワームウッド

ひな祭りも近づき、そろそろ草餅や草団子が和菓子屋さんのケースに登場するころかと思います。しかしまだまだ寒いこんな日はWarmをお淹れましますので、ゆっくりと体を温めながら春に備えて心身の充電はいかがでしょう。今日はホーチュラスでは扱っていませんが長い歴史を持つハーブ、ワームウッドのお話をいたしましょう。

 

 

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ワームウッド(Armitesia absintium)はヨーロッパ原産で北米、アジア北部、北アフリカなど広く分布する多年草で、雑草として山間部にはどっさり生えています。夏から秋に同じキク科のブタクサと良く似た黄色い小さな花を穂状に咲かせます。どちらも蜂や蝶を惹きつける必要がない風媒花(自分で花粉を飛ばして受粉する花)なのでとても地味な花ですが、花粉症(夏から秋の)のアレルギー源として大注目です。ちなみにブタクサと良く混同されてしまうセイタカアワダチソウは同じキク科でもアキノキリンソウ属の虫媒花(蜂や蝶などに受粉を託す)。あまり花粉は飛ばしませんので犯人扱いしないでください。

 

キク科ヨモギ属には250種以上あるといわれ、草餅やお灸、女性に人気のヨモギ蒸しなどに利用されるアジア原産のオオヨモギやニシヨモギなども含まれます。いずれも学名には女神「アルテミスの」Artemisiaが属名として頭につきます。ギリシャ神話によると、アルテミスは自身が生まれた直後から母親のお産を助けたり、潮の満ち引きを銀の鎖で操つったり“女性の月経や分娩を司る女神”とされています。弓矢の名手でもあり、その矢を使って難産や産後の肥立ちが悪く苦しむ女性に「安楽死」を与えて救済するのだとか。いくらお産は命がけとはいえ、女神だったら他に助ける方法を思いつかなかったのでしょうか…。

 

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旧約聖書による“ワームウッドはエデンの園から追放された蛇(ワーム)が這った跡から生えた草”という説から、邪悪、忌み嫌われるものの例えとなったり、数多あるハーブの中でも極め付きのその苦さから「苦い」例えに使われます。日本名もそのものずばり「ニガヨモギ」。

ハーブに造詣の深かったシェイクスピア作品には、やはり多々登場しています。なかでも有名なのは『ハムレット』。父を殺して王の座を奪った叔父と、その叔父とすぐに再婚した母に復讐を計画したハムレットは、旅役者一行に父の殺害に似た場面を叔父の前で演じさせます。劇中の「再婚なんて夫を殺すような悪妻でもなければするはずがない」という台詞に顔色を変えた叔父を見て、ハムレットが「wormwood, wormwood」と呟きます。これは「おまえ達にはニガヨモギくらい苦く聞こえる台詞だろうさ、」といった感じの比喩で使われているといわれていますが…もっと怒りを込めた罵詈雑言だったのではないでしょうか。

 

 

また『ロミオとジュリエット』では、ジュリエットの乳母が「あたしが乳首にワームウッドの汁を塗りつけて昼寝をしていると、ジュリエットお嬢様はそれを嘗めなさって大騒ぎでおむずかり、その日からやっと乳離れされましたですよ」と、語ります。日本では今でも辛子やワサビを使う方法もあるようですが…当時のイギリスではワームウッドが使われていたのですね。

余談ですがこのジュリエットの乳母はシェイクスピア作品のなかでも一番の下ネタ好き。シェイクスピアの戯曲にはご存知の通りユーモア、皮肉、残忍、卑猥な台詞が、比喩や隠語俗語を使って大量にちりばめられています。16世紀、芝居というものが教会で宗教や道徳を説く素人の劇から、役者が演じる演劇へと変化した時代です。テーマは意外に三面記事的な人間臭い悲喜劇で、社会風刺やブラックユーモア、娯楽性を交えた脚本と演出があったからこそシェイクスピアは大人気だったのでしょう。シェイクスピアなんて哲学ぶった小難しい台詞や乙女チックな筋書きが…というイメージで敬遠している方、今更、と云わず松岡和子さんの軽妙な訳で(ちくま文庫のシェイクスピア全集)ぜひもう一度読んでみてください。さらに彩流社の『本当はエロいシェイクスピア 』小野俊太郎著は大人ならではの読み方を教えてくれます。

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薬としてのワームウッドは「ワーム=にょろにょろした足のない虫」の名に因み、3500年もの昔から古代ローマで虫下しに使われてきました。その後、腹痛やけいれんを抑える薬、リウマチの痛み止めや分娩促進の湿布薬にも使われました。また葉や枝を燃やした灰の軟膏が毛生え薬、ひげを濃くする薬になったという怪しげな使い方もありました。紀元一世紀に古代ギリシャの医師ディオスコリデスが編纂した薬物誌「マテリア・メディカ 」には強壮・食欲増進・解熱といった薬効が記されており重要な薬草の1つとして扱われてきました。現在英国薬草薬局方では虫下し、健胃薬、胆汁促進薬としての効能が認められていますが、妊娠中、授乳中は禁忌、また長期の服用が禁じられています。

 

中世ヨーロッパでは生活用品として、ノミや蚊、ダニ除けに、干した葉を床に撒いたりベッドに敷いたり、袋に詰めて衣類の防虫剤として利用されていました。これも「ワーム」の名だたる所以でしょう。

 

ガーデニングでは茎葉や花から漂う甘い芳香、産毛で銀色に光り深い切れ込みが美しい葉が人気の植物です。またキャベツのモンシロチョウ対策、果樹類のガ対策に効果があるコンパニオンプランツとしても利用できます。ただ地下茎から他の植物の発芽を抑制する物質を分泌するので、同じ土で根を張らせずに鉢植えにして近くに置くとよいでしょう。

 

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ワームウッド、といえば切っても切れないのがお酒との縁。ホップが普及する以前はビールの苦味付けに使われていたり、消化促進、食欲増進の食前酒(フレーバードワイン)で有名なベルモット(ニガヨモギのドイツ名wermut、古英語名wermodに由来)が作られています。そしてなんといってもワームウッドの名を広めたのは「アブサンAbsinthe」。19世紀のベルエポックの時代にパリで大流行し、「緑の詩神、禁断の酒、悪魔の酒」などの異名で名だたる芸術家達を虜にしました。このアブサンにまつわる甘く危険なエピソードは、またいつか…